誰に認められるかそれが大事だ その2

応援メッセージを送ります。
  
前回のブログはこちら。
http://d.hatena.ne.jp/tontan2/20120919/p1
 
今の私の授業は超マイノリティーです。どれくらいかというと、実践してるのは私と古田さんの二人です(笑) この話で今日も電話で大笑いでした。二人とも普通の一般常識から考えれば「変態レベル」です。そんなものどうやって人が認めてくれるでしょう? 「普通」では絶対に認めてくれないことでしょうね。
 
ところで、私たち教師は誰に認めてもらうことが大事なのでしょうか?
私はまずは自校の校長だと思います。
 
本校では6年前に学び合いの学習を私が校内研究として取り入れました。その時の校長は、非常に懐疑的でした。事後検討会でも何度か持論を展開し「授業とは……」とよく口を挟みました。それが変化してきたのは2年目からです。学び合いをしているクラスでは子どもの学ぶ姿も、学力も明らかに向上していることが見えてきたからです。その校長が退職される年には「授業というのは学び合いでなければならない」と何度も力説していたくらいです。むしろ私の方がその変化にびっくりするくらいでした。
 
次の校長は、研究推進については全面的に任せてくださいました。きっと持論もあったでしょうが一切口を挟まずに、授業のこと、そして子どもたちの学びのことを応援してくださいました。
 
そして今年赴任された校長は研究畑の先生です。4〜5月にかけて本校での取り組み、そしてどんなことを大事にしていきたいかを説明してきました。ただ、その中で「正直、いくつか気になる部分があってどうも納得がいかないところもあるんだよね」と話してくださいました。「まるで一斉授業が全否定されているような感じがしてくるんだよね。」と。
 
もちろん、そこでは「一斉で授業できる力がなければ学び合いの学習は崩壊してしまう危険がある」ということや「一斉授業というのもを全て否定的にとらえているわけではない」ということを説明しました。しかし「やっぱり理解されていないなぁ」と思いながら話を終わるしかありませんでした。でも私は大して気にはしていませんでした。ちゃんと戦略があるからです。
 
今の校長先生は、ほぼ毎日授業を観てきてくださいます。ですから子どもたちの姿の変化を見てもらえばよいのです。1学期から子どもたちは鍛え上がってきています。10月に入ってこれ見たら納得せざるを得ないだろうなというレベルにまで子どもたちが上がってきました。そして昨日の授業ではついに「すごいね!この学習レベルは2学年上を行くね」という言葉をいただくことにつながります。
 
今の子どもたちの学習レベルをみたら、同じ学年を持つ先生のほとんどが「信じられない」と思うことでしょう。どうやったらそんなことができるのか理解できないと思います。でもこうなると思っていたし、こうなるために授業をしてきたのですから当たり前と言えば当たり前です。だからこそ、「いずれ理解してもらえる」という見通しがありました。
 
ただ、ここで大事なのは小ずるい方法で見せたのではなく、ただただ実直に子どもたちと向き合い育ててきたのであって、何かうまい方法とか、特別な言葉かけがあったからではありません。(もちろんテクニックも言葉かけもしてきたけど、それ自体が重要なファクターではないということです)
 
もし、人と違ったことをするのであれば、まずは自分の直接の上司に納得してもらうことが大事だと私は思います。そのための戦略も見通しもないままやることは正義ではありません。そのレベルの実践は子どもも保護者も周りの教師も混乱に陥れます。
 
では、そのためには何が必要なのでしょうか? それは自分自身がメチャメチャ学ぶことです。自分のダメさに気がつかない教師は成長しません。私だって何度煮え湯を飲まされたか分かりません。でもだからこそこんなことを言えるほどには成長しました。
 
自分の授業がいつも正義だなんて思ったら大きな間違いです。ダメなところをきちんと指摘してもらえる仲間がいるということこそが大事なんです。上記の古田さんは2年間、私に煮え湯を飲まされてきました。だからこそ、すごい実践をできるのであるし、私自身彼から学ぶことがたくさん生まれてきているのです。今の授業も彼の突破口があったからこそ成立しているのです。古田さんにはとても感謝しています。
 
上司に認めてもらうこと、そして、そのために信頼できる研究仲間と話し合うこと。
 
それこそが今の状況を打開できる一歩となることでしょうね。