個と協働が交わる点

私は毎日、子どもたちに「説教」します。でもこの「説教」とはどう学ぶべきかということを一緒に振り返ることであり、叱りつけるといういものものではありません。
 
今日はこの説教をしていくなかで「個と協働」が交差する点を見つけたような気がします。(間違っているかもしれませんけど書いてみます)
子どもたちは2校時の国語も5校時の社会科も「一緒にやる」ということだけにとらわれ、本質的に課題を解決していくということの意識が低かったのです。ですから子どもたちに授業を振り返りながらこんな話しをしていました。
  
 
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今日はどうしてみんなで話し合った結果の中身がとても低いか分かる?それはね、一緒にやるとか話し合うということばかりを考えていたり、どうしようかな?と自分ひとりで考えていたからなんだよ。どうして一人で学習しないかというと一人で分かることなんてとてもちっぽけだから。もちろん中には一人ですごいことができてしまう人もいるね。でもそんな人はこのクラスにはいるかしら?いませんよね。ならば自分に足りないところは人からもらうことって大事なんじゃない? どうして学校にくるのかっていったら他の人と一緒に学ぶと自分一人でがんばるよりもずっとレベルが高くできるからなんだ。
 
先生は、その課題をどんな方法で解決しようとしているのかは別に大切じゃないと思っている。結果が大事なんであってすごいことが分かるようになればすごい勉強をしてきたことだって分かるからね。逆に結果の出ないことを何時間もやっていたらそれは勉強の方法が悪いってことだって分かるもんね。
 
授業で大事なのはそれが終わったときなんだ。授業が終わって「今日はすごく頭が良くなったぞ!」とか「すごくスッキリした!」とかそんな気持ちになれるような結果になったのかどうかなんだね。みんなそんな勉強してみたいと思わない? だから「おれたちって頭いいね!」とか「わたしたちってすごいよね!」っているようなチームになりたいと思わない?
 
だったら、人任せにはしないで自分の考えをどんどん友達にぶつけていったり、「自分がもっと分かりたいから」友達と力を合わせていくという作戦も大事でしょ? それがね、このクラスの勉強なんだなぁ〜 友達と一緒に勉強することが目的じゃないんだ。自分の勉強をもっと分かるようにするためにみんなと関わって勉強するんだね

 
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これが個と協働との交差点だと私は考えています。