教師は接客業ではない

昨年書いた中身に付け足します。
http://d.hatena.ne.jp/tontan2/20111024
 
例えば小学校でも学校行事、運動行事の目標を保護者に評価してもらうことにしているような指導が見られます。
保護者に指摘されないように、ダメ教師と言われないように、または素晴らしい教師だと言われるように。
 
でも、その動きの中で子どもたちは一歩も外れることを許されないレールを敷かれ「その通り」にやることになっていないでしょうか?
教師の掲示も何のためでしょうか? 教師によってきれいにディスプレイされた様々な表や掲示は子どもにとって本当に必要なものでしょうか?
もし、本来は子どもが行うべきものを教師が奪い取って、やってしまっているとしたら?
 
私たちの仕事はサービス産業ではありません。私たちの評価は子どもたちが何をやったかではなくて、どう成長したかで評価されるべきなのです。学校とは、子どもたちのための場であり、子どもたち自身で自分の居場所を作ることができることこそが学校です。
 
私は「学校がおもしろくない」って思うのならそれは「あなたの負けだね」と子どもを突き放します。「学校をおもしろくするために自分は友達と関わりながら何をするのか? どうしたいのか? やりたいことは徹底的にやりなさい」と子どもにけしかけます。
 
教室は「遊び」の空間です。ここでの「遊び」というのは単純な「遊び」ではなく、「上質な遊び」です。よい学びは「上質な遊び」であり、また支え合う人間関係による活動は「上質な遊び」へと変化します。
 
私たちの仕事ははそうした上質な遊びへと昇華させていく「コーディネーター」だと私は考えています。