誰一人も見捨てない?

結局このグループからiku-nakaさんがいなくなりました。
iku-nakaさんの実力はこのグループでも随一なのに。
 
なぜメールではなくブログに悩みを書き綴ったのか?
なぜあえてみんなに見える所で自分の考えを書き込んだのか?
 
結局、出てきた答えは自分の成功体験を押しつけて、
「だ・か・ら」
「なるほど、それは重篤だ。保護者とのネットワークをしても部活が「苦しい」というのはどういうことですか?」
 
全く状況を理解していない話です。
 
レベルの高い話もよいでしょう。
でも結局、クラス担任で考えれば、特定の子どもに「お前はよく分かっている。他の奴らはレベルが低いところでジクジクしている」と大きな声でつぶやいているようなものです。
それで結局は救えずにドロップアウトです。
 
 
 
誰一人見捨てない?
 
 
どうしてこのグループの多く人に対応を呼びかけずに自分の成功体験で判断するのか分かりません。それが『学び合い』なのでしょうか?
だとしたら私のやっていことは『学び合い』ではありません。
自分を有能だと思っているから、上記のような対応になるのでしょう。
私も書き込むことでこのグループ「みんなで」考えたかった。言葉尻をとって「あははは」とちゃかすのもよいでしょう。「有能」なのしょうから。でもそれで誰も救われていないことに気がつかなければtossとなんら変わりない組織です。
 
もし「間違っているかもしれない」ことでも言えなければ有能な教師の考えをじっと伺うしたたかな子どもと同じです。誰がクラスで黙っている子どもを責めることができるでしょう。だから私は例え尊敬する方の前でも違うのではないか?と声を上げることにしています。例え愚かな質問でも。
 
身近な人を見捨てながらレベルの高い、視点の高い話をしたければどうぞ。私は愚かです。でも最低でも自分のクラスの誰も切りません。