物語文の「学び合い」

校内の授業研究会で、研修部の先生に国語の単元を相談されました。
スイミーで考えてるんだけど・・・」
 
「うーーーん」と悩んだのですが、
「分かりにくいね〜。別の単元ではどう?物語でいくならそれ相当の鍛えがないと誤解されちゃうと思うなぁ。」
 
ということで「漢字の学習」になりました。
さて、どうして物語文は分かりにくいのでしょうか?
これは実践している先生方なら分かることでしょう。
 
「学び合い」は「みんなが(で)」目標を達成することと言われます。
しかし、物語の文の読み取りは、人によって様々な受け止め方があっても
よいと言われます。
そうなると集団を縛る設定がなくなります。
これは図工にも言えることでしょう。
例えば、「○○の時のスイミーの気持ちを読み取ろう!」
これをどう「学び合い」として子どもに投げかければよいでしょうか?
  
さて、「学び合い」を実践しているみなさんは、どう集団での縛りを
そして、目標を設定すればよいと考えますか?