とける学び

「とける学び」最近はそんなことを考えています。

インフルエンザ香港Aは、100年ほど前の新型インフルエンザであり、世界中で猛威をふるい、数千万人の人が亡くなりました。第1次世界大戦が終了するきっかけにもなったと言われています。お盆に母の実家の墓参りをすると、ちょうどその頃20歳ほどで「感冒」にかかって亡くなったご先祖様もおります。こうした極めて強力なウイルスはいずれ緩やかに弱毒化し(まあそれでも年間万単位の人がなくなるわけだけれど)、死ぬ人は圧倒的に少なくなります。
 
授業でも「新しい実践」というのは異物なのです。この実践が強ければ強いほど、その抵抗は大きくなります。まるで新型インフルエンザに感染した時のサイトカインのように(ちなみに新型インフルエンザで亡くなる原因はこのサイトカインストームだと言われていて、僕のご先祖のように免疫の強いはずの若者がなくなる原因だと言われています)。
 
しかし、力のある実践はインフルエンザのように細かな変異を繰り返しながら、私たちの授業の中にいずれ取り込まれていくと考えています。教育界にはそうした「言葉のかけら」もしくは「残骸」が無数に存在しています。例えば「子ども」は「子供」とは意識的に区別されてきたものですが、もはや区別してきた理念などすっかりと抜けて、それがまるで「子ども」と書くことが当たり前のようになってきています。今ではほとんどの先生がなぜ「子ども」と書くのかさえよくわからないことでしょう。
 
僕もこれまではずっと「もっと」を追い求めてきました。マツダのskyactiveエンジンの開発(これまで全く使い物にならないと思われていた高圧縮比でガソリンを燃やす技術ね)のように、通常は「無理だ」と思えるようなことを、いくつかのブレイクスルーを通して実現してきました。僕は正直言うと授業者というよりも研究者というしての側面が強いのかもしれません。そんな僕はある子どもは「ドS教師」と言います。僕に無茶な要求を出されるからでしょうね。
 
さて、僕はそろそろこうした技術的な追い込みはもうあまりやらなくていいんじゃないかと思うようになりました。もちろん、ないもしないと息が止まるのでこれからも密かに何かをやっているはずだけど、今までのような豪速球は投げなくてももよいような気がします。いずれ僕の実践が子どもや周りに先生の無意識に溶け込ませていくような、そんな見えにくくて地味な作業をしていく必要がでてきたなぁと感じるのです。
 
それを僕は「とける学び」と呼ぶことにしました。