模索

ドラクエの作戦でいうと僕は「ガンガンいこうぜ」のタイプです。ある方向性が決まったらそれに向けての投資には躊躇しない、失敗も絡め取って次につなげていくというタイプです。でもこれは、教師としては特異な存在で、多くの教師は「いのちをだいじに」「みんなでがんばれ」のタイプが多いとおもいます。僕からすれば、とてもまどろっこしい手続きや調整が必要なんのですが、立場を変えて僕を見ると、暴走するのを食い止めようとはらはらしているのかもしれません。
 
僕はもう少し教師という仕事が気楽にできないものかといつも考えます。ちなみに気楽というのは気が楽になるということで、仕事を楽するということではありません。学校の多くの場合、教師間の調整力と時間が不足しています。郡山市だと学校の放課後になると、子どもを置き去りにしてでも特設部活動(まあ中学校なら部活動ですね)にすぐさま時間を取られ、終了するのが5時頃ですから、日々の中で授業のことを学年で話あったり、学校全体で話し合うなんていう場は、ほとんどないのが現状です。
 
学校の中に「教師が育つという環境がない」というのは、研究校でもない限り全国どこの学校でも共通した課題だと思います。そうした対策として官による講座や研修が多く設定されますが、ほとんどが「その場限り」になってしまい、長期的に効力を十分に発揮しているとは思えません。本当の意味で「教師が育つ」ためには、日々の中で、毎日のように授業や子どものことを話す、そんな時間が確保されていなければならないのです。
 
でも「こうした時間がない」とよく国や教育委員会を責め立てたりすることが多いのですが、実はこうした仕事の仕方を選んでいるのもまた、現場の教師です。そうした時間をそれほど大事だと思っていない教師が大半ですから、時間ができると「作業」に時間を当ててしまうことが多いのです。
 
僕なりにこれをどうしようか、研修主任という立場から模索しています。どのように教師間の合意形成を作っていくか、どうビジョンを共有していくか、その一歩を踏み出そうと考えています。その一つの突破口となるであろうことは「教師間の学び合いづくり」です。そのために次年度に向けて研修部の組織を大きく変革させようと考えています。そしてその鍵を握るのは、2〜3名のアーリーアダプタとなる教師です。前任校でも『学び合い』が柔らかく受け入れられたのも、そうした2〜3名のすぐれたアーリアダプターの存在がありました。変革が成功するかどうかは、そうした2〜3名の教師を僕が引き寄せられるかどうかにかかっていると思います。