分かるということ

「分かる」ってやっぱり難しい。今日の算数のテストの振り返り。面積でもそうなんだけど、算数の出来ない子どもは「量的なイメージ(それは例え操作活動したとしても効果は薄い)」が薄いので、1㎡=100㎠、1㎥=100㎤としてしまう子どもが多いのです。
 
テストをしてみますと、当然間違う子どもが続出します。また、例え正解だったとしても、3ヶ月もすればまたもとに戻って間違います。算数の苦手な子どもというものは、そういうもなのです。これは子どもと会話して行くと、いかに分かった気になっているか分かります。テストで正解出来るとかできないとか、そういうことではありません。
 
「ねえ、どうして1000000㎤なのさ?」
「だって、100×100×100だから・・」
「どうして100×100×100なの?」
「縦と横と高さをかけるからぁ〜」
「ふ〜ん、でもどこから100っていう数字が出てきたの?」
「・・・」
「どっかに100って書いてあった?」
「・・・」
「うへへ、分からんだろ〜 学び直し!」

こんな調子で子どもに戻らせます。こうしたことって教師にしかできませんよね。
もう少し、高度だとこんな戻し方も。
 
2.8mで5.04kgの棒があります。1mでは何kgですか。
 
「5.04÷2.8=1.8 答え1.8kg」
「ふ〜〜〜〜ん、ところで÷2.8って何?」
「棒の重さをメートルで割っているの。」
「へ〜〜、重さを長さで割れるんだぁ。重さを長さで割るっておかしくない?」
「う〜ん・・・・」
「重さを長さでは割れないんじゃな〜い?」
「ですよね・・・」
「じゃあ、÷2.8ってなんなのよ。」
「・・・・・・」
「うへへ、分かっていないでしょ? はい、出直しといでw」

こうやって僕が何度も何度も戻してあげます。僕は子どもの学びの要なのです。教材研究というのは「こういうこと」ができるためにするものなのです。子どもたちの単元テストは、だんだん真っ赤になってきています。