教師の自立

教師の自立とは何か?
 
逆に考えてみます。今の教師は教師として自立していると言えるでしょうか?
多くの教師は「任されない」「やりたいことがやれない」「どうでもいい仕事が多い」「授業を学ぶ機会が与えられない」「部活動で忙しい」など、多くの問題を抱え、それにうまく対処できずに苦しんでいます。
 
こうした問題を個々につぶしていこうと思っても実は何も変化しないのです。例えば、職員会議などで「より良くする」というアイディアを出したとして、それを実行します。でも本当にそれでより良くなったでしょうか? それほど変わらないと思いませんか? つまり、末端の細かな部分をどう改良しようとも、それほど全体は変わらないのです。
 
大きな変化が起こるのは新しいビジョンが共有できた時のみです。つまり、教育の方向性が教師の間で話し合われ、練り上げられ、そして実行に移された時のみなのです。でも多くの学校ではこうしたビジョンが話し合われることはなく、ただ漫然と仕事だけが進行していくだけなのです。
 
僕の言う教師の自立とは、一人の教師として教育の方向性を指し示せるようになることです。多くの教師は、授業の方法や技術などの先にスーパティーチャーを夢見るのでしょうが、そんな教師は学校には必要ありません。学校に必要なのは「教育の方向性を指し示せる集団」なのです。
 
今の学校でも過去、そうした教師集団が学校の方向性を創り上げてきました。そこには経験年数とか、ベテランとかいった上下関係はなく、フラットに話し合える人間関係と、知的な会話(それは時にワクワクするような)にあふれた教師集団です。面白いことに、こうした教師集団ができると、冒頭のような問題はどんどん片付いていきます。
 
では、そうした集団にいた教師はどんな教師だったのでしょうか? それは常に好奇心にあふれ、新しい可能性を考え、そしてまさに学び合える教師です。
 
あなたはどんな教育をしたいの? 
 
そう問われた時に子どもの成長をもとにして、明確に説明できるようになることが、教師として自立するということなんだと僕は考えています。