僕は何をやっているのか その3「方法なのか人間なのか」

昨日に続く前に、法則化(TOSS)について少し。指導法を全国の教師から集約したその手法は見事だと思います。さらにネットの時代とみるや、全国の法則化教師に呼びかけタケノコのようにHPを開設して、指導法の普及に努めました。何よりも僕が注目するのは、向山を頂点とした巨大なピラミッドを構築し、教師を序列化し、競争をあおることで組織をまとめ上げた手法です。これまで教師の世界にはなかったネットワークです。彼らは自らをプロ教師と呼んでいるようです。
 
こうした教育技術の構築は、三谷さんの「経営戦略全史」で置き換えると「大テイラー(フレデリック・テイラー)主義」となります。戦後の教育はこうした教育技術や指導法の発展に支えられてきたと言って過言ではないと思います。一方、経営戦略でテイラー主義と対立するメイヨー(ジョージ・エルトン・メイヨー)主義があるように、平成の時代になって、教育界でも人間主義と言える学習指導が大きな勢力となってきます。
 
その筆頭が、佐藤学さんの「学びの共同体」です。簡単に言うならば、これまで「教師←→子ども」であった情報の流れを、教師←→子ども←→子ども←→教師という三角形(教師と教師をくっつけてね)の授業スタイルです。こうした授業形態は附属やごく一部の研究校で実践されてきたことはあったことでしょう。しかし、学びの共同体は一気にメジャーになります。僕も以前学びの共同体の拠点校に勤務していましたので、協同型の授業を明確に始めたのはここからと言えます。
 
学びの共同体が革新的だったのは、これまで教師対子どもという情報の流れが子どもと子どもとの情報交換、そして練り上げでより学びが深化していくというものです。学びが子どもの目線に下りてきた、初めてのスタイルかもしれません。学びの共同体によって、教室の机が学級会のように「コの字型」になる教室が多くなりました。また、男女二ずつの4人構成で学習グループを組んで学習する姿が多く見られるようになりました。
 
ただ、僕も若かったので始めは「ちんぷんかんぷん」でした。同僚の先生方も「波紋が広がるように」とか「さざ波が起こるように」とかそんな表現で話すものですから、さらに分かりません。この学びの共同体を理解し、素直に無理なく実践できるまで僕には3年の月日と同僚との数百時間にも上るであろう話し合いが必要でした。
 
そして10年前に「究極の人間主義」と言える『学び合い』が登場します。このブログを昔から読んでいる方は、ぼくがどれだけ『学び合い』に影響されそして実践を築き上げてきたかご存じのことと思います。西川純さんは、授業は100%子どもという人間関係性の中で成就するとし、教師の介入は出来るだけしない方がよいことだと論じました。
 
しかし、こうした人間主義の教育にも大きな問題がありました。教師によって「ゆらぎ」がとても大きいということです。非常にうまくいく教師がいる反面、多くの教師が子どもを学びの場に乗せることに困難を感じることになります。また、多くの教師が持続的に学ばせることの難しさを実感することになります。どうしてこうした「ゆらぎ」が出てきてしまうのかというと、人間主義の授業では、構成するマックスファクターがその場を構成する「教師という人間」だという、矛盾したものだからなのです。教師の教育技術から離れ、子ども主体にしたはずなのに、実はその学びの場を構成するのは「教師そのもの」だったのです。
 
こうした人間主義派の授業は、教育技術派の教師からすると絶好の指摘の的となります。子どもがきちんとノートが取れない、話し合っているけれども理解していない。こうした分析が次々報告されるようになります。
 
僕自身も『学び合い』に身を置きながら、『学び合い』で崩壊する学級、そしてルーズな授業を見聞きする度にその問題を実感するようになります。どうやら、「人間主義なのか、教育技術なのか」そういった単純なものではないのではないかと考えるようになります。 (次回につづく)