格下?

ある方からのあるメールを受けて。
 
日本の教育の世界では、ロースクールを格下に見る傾向があります。僕も何度か授業参観で意見を申したら、露骨に「中学校の先生にしか分からないような中身なので小学校の先生には指摘されたくない」というようなことを言われたこともあります。もちろん、こうした人は少数なだと思いたいのですが、全体的な傾向としては小学校の先生は幼稚園からはそれほど学ぶことがない、中学校の先生からすれば小学校の先生からは学ぶことがない、高等学校の先生からすれば、中学校の先生からは学ぶことがないという傾向は明らかにあります。これを否定する方も多いと思います。「そんなことありません!」と。でもね、実際に授業公開では、参加人数に明らかにそれが現れます。
 
こうしたことは言葉の端々に出てきます。例えば小学校で教えやすいように「幼稚園ではきちんと席に座る練習をしてくれないと困る」とか、「手のあげ方をまっすぐにあげられるように事前に訓練して欲しい」だとか。中学校になると「話し合いがちゃんとできないのできちんと話し合いができるようにしてほしい」とか「教科の内容をもっとしっかりと教えてほしい」だとか「めあては赤で線を引けるようにしておいて欲しい」なんてこともあります。これが高等学校になると「中学校ではもっと学習する習慣を身につけさせてほしい」とか、「中学校の学習のレベルをあげてほしい」なんていう要求になってきます。そして最後に大学が「分数のできない高校生」を嘆くわけです。
 
これはどうも全国的な傾向であるようです。僕ら小学校教師で言えばかなり専門性が高くないとまともな授業はできません。以前、小中学校一貫校で小学校の授業を担当していた先生からは、小学校で教えることの難しさをよく聞きました。僕はどちらが簡単とか楽とかではなくて、発達段階に応じて要求されるスキルが異なるということを考えます。幼稚園や小学校くらいまでは発達心理学の知識が認知学の知識が必要になりますし、子どもの集団づくりや学び。行動の主体性などかなり高度な知識、スキルが必要です。それぞれの段階にはそれぞれの大変さがあるわけです。
 
だから僕は幼稚園に学びます。講座があればできるだけ参加しますし、授業もたくさん観たい。そこには私たち、小学校教師とって宝物がたくさん埋め込まれています。ですから中学校の教師は本当は私たち小学校の授業をもっと参観すべきなのです。そう言えるのは僕が中学校の授業をしていた時には小学校の授業との内容の関連性や学習への取り組み方が「どれほど役立ったか知っているからです。
 
おそらく世界の中で教育が発展している国では、それぞれがその取り組みを尊重し合い、生かしていることでしょう。フィンランドも小中一貫校が増えてきているというのは、単純に統合だけでなく、統合することのメリットを知っているからだと思います。